2004/10/02

「今年はまさに"Beer-Ulle"だったよね。」  (Süddeutsche Zeitungより その1)

Q:さて、ツールで表彰台を逃して、オリンピックでメダルを逃して世界選手権は結局出場しなかったね。こんなことが一年続いたね。
Jan:確かに今年は幸運に恵まれたとはいえないね。たとえツールの前半、病気だったから表彰台を逃したといってもね。悪循環はオリンピックでも断ち切れなかった。アテネで僕はただただ空っぽだった。僕は多くのレースを走りすぎた。僕はもっとたくさんのことをできる能力があると思っていた。そして今世界選手権にむけてもう一度コンディションを整えてきた。僕は本当に調子が良かったんだ。Ich werd
Q:”ヤン・ウルリヒの失われた1年”といえるのかな。
Jan:多分・・ ツール・ド・スイスと1週間前のイタリアでのクラッシックでの優勝があったけどね。もちろんそれらは素晴らしい成功だよ。でも僕のシーズンハイライトはツール・ド・フランスだった。世界選手権は走るつもりはなかった。
Q:でも走ろうと思った。 つまりいろいろ批判されたことに対して、何かを証明したかったからかな?
Jan:違うよ。僕は自分自身に何かを証明したかったんだ。
Q:Bild-zeitung紙に載っていた白ビールの件は?
Jan:その件は僕を本当に悩ませた。でもそんなキャンペーンの中で僕は何年も生きていたんだ。本当のことを言うとね。Bildの記事を僕は楽しんでいるところが少しあるんだ。僕の調子が悪いときはいろいろ書き立てて、逆にいいときは僕を持ち上げて・・昨年は「心の勝者(der goldene Sieger der Herzen)」だったけど今年は「ビール・ウルリヒ(Bier-Ulle)」だもんね。でもこれが僕の人生だ。
Q:アテネではビールを飲んでいる写真が掲載されて翌朝まで飲んでいたなんて書かれていたね。TTの2日前にもかかわらず。これは過去の無分別なウルリヒなのかな?
Jan:違うよ。もし早くベットに入っていたらTTでもっと早く走れたなんて思ってないよ。僕はオリンピックにむけてしっかり調整できていると思っていた。でもただただ疲れていた。
Q:ツールに向けての調整にも失敗はなかった?
Jan:僕は本当によく仕上がっていてすごいツールになると思っていた。もし病気にならなければね。そして僕は病気だったけど4位になることができた。ベットに寝ているべき状態で毎日雨の中走っていれば治る病気も治らないさ。そして僕はフェアだった。アンドレアス・クレーデンに「僕を待たずに行け」と指示した。もし僕がリーダーの立場に固執したら僕が表彰台には上がり彼が4位だった。だからこのツールを誇りに思っている。僕はツールを切り抜けたんだ。僕個人にとっては勝利なんだ。
Q:チームは病気のことを隠していたね。言い訳にできるから?
Jan:違うよ。でもいつだってこういったことは言い訳に聞こえるけどね。僕は別に隠すつもりはなかった。でもゴデフロート氏のインタビューで面白くなったね。僕を批判したインタビュー。
Q:春先は病気にあったね。調子も上がらなかったね。これは怠惰からなの?
Jan:違うよ。もちろんいくつかの問題があった。冬のツケが大きかった。正しく休暇をとらなかった。加えてT-mobileへの移籍だ。ルディの問題。僕は4月にはもう気がついていた。このツケはシーズン全体に及んだ。そして不運にも娘から病気を貰ってしまった。スイスのあと、僕は別の部屋で眠るようにしていたけどね。