2005/03/13

ホルメンコーレンの歴史

「ノルディック競技のメッカ」といわれるオスロ・ホルメンコーレン。ここでビドヘルツル選手が134mのシャンツェ・レコードを記録しました。そこでホルメンコーレンの歴史を拾ってみることにしました。
シャンツェ・レコードを記録したビドヘルツル選手 htttp://www.skiforeningen.no/cgi/newimgshow.cgi?id=4108

ホルメンコーレン・ジャンプ台の歴史http://www.skiforeningen.no/hk/jump/?tag=bakken&lang=enより)
ホルメンコーレンで初めて大会が開催されたのは1892年1月31日。1万人以上の観客が集まった。当時のスキー板は木の枝とバネで作られたのもだった。このときの最長不倒は21.5m。1893年にはランディング・バーンを深くし飛距離を出しやすくした。1914年にはジャンプ台が完成。”The Tower of Babylon”と呼ばれた。1922年23年にはオラフ王子もホルメンコーレン戦に参戦している。1927年には高さ19mのジャンプ台に立て替えられた。当時のシャンツェ・レコードは48m。戦争の為1941年から45年まで大会は中止されていたが1946年には10万人の観衆が見守るなか再び開催された。1952年のオスロ五輪に向けて審判席も建設された。このオスロ五輪には12万~15万の観衆が訪れたという。 FISWorld Cupの為に1966年と1982年に台は再建されている。最近ではホルメンコーレン100周年を記念し1992年に改修されている。この改修によりナイター試合が可能になった。ホルメンコーレンは計14回の改修・再建が行われている。1892年から大会がキャンセルされたのはわずか2回。 ホルメンコーレンで毎年開催されるワールドカップはノルウェーにとって第二のNational Dayといえるのではないか。

シャンツェ・レコードhttp://www.skiforeningen.no/hk/events/hks/stats/?tag=hkshillrecords&lang=no
ノルウェー選手によって刻まれ続けたシャンツェ・レコードを出した初めての外国人選手は1939年Sven Selånger(SWE )選手で62,0m。オーストリア勢は過去5選手。 1959 Otto Leodolter 71,5m
1976 Karl Schnabl 96,5m

1994 Mario Stecher 126,5m
2005 Andreas Widhölzl 134,0m
2001 Daniela Iraschko 110,0m(women)

過去の優勝者http://www.skiforeningen.no/hk/events/hks/stats/?tag=hkswinners1892&lang=en
1892年に複合の大会が初めて開催されました。(ジャンプは1933年からの開催)各時代を代表する名選手の名前が優勝者リストにずらりと並んでいます。特に96年から5連覇をしているビーク選手(Bjarte Engen Vik)はさすがですね。過去のオーストリアからの優勝者は以下の通り。
*Nordic Kombined
1994 Mario Stecher,
2001 Felix Gottwald,
2003 Felix Gottwald,
*Ski-jumping , men
1975 Anton Innauer,
1976 Karl Schnabl,
1980 Armin Kogler,
1986 Ernst Vettori,
1987 Andreas Felder,
1991 Ernst Vettori
1995 Andreas Goldberger,
*Ski-jumping , women
2000 Daniela Iraschko
2001 Daniela Iraschko,
2003 Daniela Iraschko,